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ブログ引っ越しのお知らせ

2015/05/27 Wed 06:00

お知らせ

新しいブログは「こんな町に越してきた3」となります。 
  
ブックマークの変更をお願い致します。
 http://blog.livedoor.jp/iimati2/

 P1170996





また、「杜のまち」の最初の頃(2013年12月~)の活動の記録も捨てられませんので、
「杜の町 厚狭」は「こんな町に越してきた3」とドッキング
「こんな町に越してきた3」の中のカテゴリー「町おこし 杜のまち」に全部入れました。


すでに出来上がっていますので、いつでもご覧いただけます。


                                   2015年5月27日  ひがんばな





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厚狭の中の領地関係略図

2015/05/25 Mon 06:00

5/22の「輝け厚狭の軌跡」に追記しています。

・・・・・・・・・・・・・・・

熊谷家を調べていると、山陽町史に「寛永の配置替」ということで こういう図が載っていました。

一見、私が書き込んだ手描きのように見えますが、山陽町史の図がこれです。

img114 (445x600)

厚狭毛利領の北側、ここ鴨庄の位置に熊谷領とあります。

点在する小さな円に斜線が描かれた地域は、長府毛利家の領土だった所で、いずれも境界線は不明ということです。
山野井の太田家は長府毛利の領地だったのですね。
領地は時代によって、変化しています。

町史によれば
「寛永2年の熊野検地に基づいて全国的に配置換えが行われた。
長府毛利の飛び地、一門家老厚狭毛利氏の本領、諸氏の給領地、および蔵人地が混在し
支配関係は非常に複雑であった。
鴨庄は17人の領地の入り交じり、末益村は8人・・・・」

厚狭は領地が入り乱れていますね~!それに蔵人!。

有帆に在住した宍戸家家老 福間家の系図に、「元禄の移転に際して鴨庄の居宅を熊谷氏の
家老、桐原氏に譲り・・津布田に移った」とあります。

鴨庄は次々と替地となったようです。

こんなややこしい厚狭を含む山陽町史をよくぞ完成されたと、当時のご苦労をしのびつつ町史を広げています。

神戸から厚狭に住まいを移し6年半、(その後、小野田で2年)、厚狭のことを何も知らなかった私に 様々な出会いをもたらした厚狭、今、こんなふうに偉そうに・・厚狭の歴史を紐解きながら書いています。
歴史が大嫌いだったのに・・どうしたことでしょう。

山陽町史を読み、ネットで調べながら書いていますが、理解力の足りない部分があって、説明不足もあるとは思いますが・・
そこはお許し下さい。

最初は「このブログは写真だけ載せるブログ、歴史はパスね」と 逃げておりまして、最近、説明をちょこっと書くようになり調べて行くうち、さらに厚狭にどっぷりハマりました。

写真だけ載せると言っても、写真が得意で見せたいということでなく、今までの経験から、
遠く離れた所でふるさとを想う・・
そんな方のために、故郷の景色を届けたい!それなら私にできる、そんな気持からでした。


FC2が消えるかもしれないという情報を知り、このブログは消してはいけないと、
大急ぎでバックアップをとったり面倒な移行作業をしています。

来月から新しいブログで 始めたいと思っています






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地域の歴史や伝説 古墳&遺跡 | コメント(8) | トラックバック(0)

鴨庄 桐原家2

2015/05/23 Sat 06:00

今日のふるさとの窓はこちらです。

鴨庄の北側の山麓に長州藩寄組だったという、熊谷家居宅跡という場所がありますが・・・
そこからそう遠くない場所に、桐原家があります。

先日紹介した鴨庄の桐原家は熊谷家の筆頭家老だったという家柄。
また、熊谷家とは縁戚関係の家筋です。(桐原直房という名前が見えます)

津布田 吉田 鴨ノ庄 福正寺 鋳物師屋 山川 浴と点在する熊谷氏の領地、
鴨庄は桐原氏が差配していた熊谷領であったということです。

桐原邸の今の家屋の奥に、古い座敷が今も残っています。
遠慮がちに撮ったのでボケてます。
一つ一つ、ゆっくり見たかったのですが…急な訪問者ゆえ・・・遠慮しました。

P1170075 (600x390)

熊谷元直の誅殺(熊谷元直はキリシタンであった)のとき、幼かった嫡孫元貞(千代丸)家老、桐原宗右衛門が背負って
密かに毛利秀元(千代丸の叔父=長府毛利初代藩主)の邸に避難し、難を逃れたことで熊谷家は存続できたということです。


欄間のところに由緒のある熊谷家の家紋「寓生(ほや)」が飾ってありました。
「治承4年(1180年)、熊谷直実が「石橋山の戦い」に敗れて落ち延びた源頼朝を見つけた時、寓生(ほや)で頼朝を覆い隠し身の安全を図った。
その時偶然にも2羽の鳩が飛んだ。後に直実が源頼朝の家臣になった際、そのエピソードを憶えていた頼朝から、家紋として渡された。」
安芸の熊谷氏は近世に至って、「鳩」が消えて「寓生」のみを家紋として用いている。
寓生(ぐうせい)=ほや・・寄生木

P1170074 (600x398)


もう一つ、「あまり手入れしてないけど」と、ちょっとだけと庭を見せて下さった。

P1170076 (600x398)

一つ残念なのは、大門を撮ってなかったこと。
その大門のそばに、上の写真の庭へ出る門があるのです。
今の家になる前は 大きなお屋敷だったそうですが、今はそれを見ることができないのが残念です。


実は、以前、鴨庄のことを調べると、どうしても熊谷家の家老の桐原家の場所を知りたくて、
さんざん探し回ったことがあり、誰に教えてもらったわけでもなく、たまたま通りかかった家の表札が
「桐原」だったので、もしかして?ここがそうかも・・と、記憶の片隅に置いておいたのでした。

私を「杜のまち」のメンバーにと、誘って下さったのが桐原さん。このブログがご縁でした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このシリーズの熊谷家、筆頭家老の桐原家などを書くにあたり、熊谷家などを、いろいろ調べていたところ、
偶然にも 同じく家老職の細迫家の家筋にあたる細迫兼光邸の屋内の写真を撮る機会を得ました。
これには、ちょっと驚きを禁じ得ませんでした。すごく嬉しかったです!。

細迫節夫様(兼光さんのお孫さん=先日(5/18)の杜のまちの寄り合いの時の写真(前列)に入っておられます)、
ありがとうございました。

このシリーズの後編で、本邦初公開の 細迫兼光邸の写真を紹介させていただきます。
今しばらくお待ちください。

この写真は、細迫兼光邸の門の前に咲いていたサツキの花です。
兼光さんの伝記を読んで、すっかり兼光ファンになったもので、兼光さんも眺められた花だと思うと、
なんだかとても愛おしく思えました。

P1170921



FC2ブログが慌ただしくなってきています。
社長逮捕で 明日をも知れぬ?いつ消えてもおかしくない状態とか。

せっかく今から良い所なのに・・・



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門 家屋 塀 | コメント(4) | トラックバック(0)
D51300 皆の夢へ出発進行!

あのオンボロD51300から、こんな日が来るとは 想像だにしませんでした。

NHKテレビでも紹介された機関車修復のことは カテゴリー「機関車 D51300」で、ご覧下さい。

11265559_493820364104191_641917889040096538_n (638x850)

厚狭の町ってすごいです。



追記: NPO法人さんようおのだシティーセールス推進隊について補足


『シティーセールス推進隊』
2012年3月市議の有志が会派を越え、市のPRについて話し合ったのがきっかけでできたNPO
メンバーには市議の他、永山社長やつねまつ社長など。
行政でできないことを市民目線でというのがコンセプト。ということです。

当日、厚狭小の児童のインタビューもあるそうです。
(このSLの絵を描いた中野可菜さんが県展で推奨の賞をとりました。)


20150523_111757 (600x450)

20150523_111826 (500x375)



機関車 D51300 | コメント(12) | トラックバック(0)

鴨庄 桐原邸1

2015/05/21 Thu 06:00

前回のあの場所から先へ進み、そこでバッタリ出会ったのは、
厚狭の町おこしグループ「杜のまち」のメンバーの桐原さん。


この日、せっかくだからと、ご自分の「仕事部屋」を見せて下さいました。

すごい!工具類は全部揃ってます。

P1170073 (600x398)

又、整理整頓が半端でなく、桐原さんの脳内も きっとこういう風にきちっと整理されてるんだろうなと思いました。

P1170072 (600x398)


この作業部屋の外で、廃材を利用した あのポケットパークのベンチや机、掲示板、
まちなかギャラリーの看板などが生まれたのです。

P1170071 (600x388)

私は自転車屋さんへ行くと、工具類が収まった壁を見るのが大好きなので、ここは、その上を行く素晴らしさ!
しばらく、ボーっと眺めてしまいました!!。

精密機械の仕事部屋は、この後 見せていただいた屋内にありました。


桐原さんは、「杜のまち」のメンバーということしか知りませんが、とにかく何でもできる方。
子供のころから、よくお勉強ができた子供だったという証言を、先月の「昔話しゃべり場」で、
昔の先生から伺いました。

桐原慎治さんは山陽大野田市のHPでも紹介されています

桐原さんのシステムを使った「音楽療法について ミニレクチャーと鑑賞会」は
6/13(土)14時 まちなかギャラリー(本町 元原田糸店)にて行われます。

 桐原さん考案の360度響き渡るスピーカーからの透き通った音色は 
オーディオでは聴くことができない音を聴くことができるのです。
音楽は人を元気にするという言葉を身体で感じさせてくれます。

皆さん!この機会に是非、その音を聴きにいらしてください。





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町おこし「杜のまち」 | コメント(2) | トラックバック(0)

杜のまち~5月寄合

2015/05/18 Mon 09:26

・・・・厚狭の町おこし 「杜のまち」Facebookより転載・・・・・・・・・・・・・・・・

11008598_877019025705219_395256187577034019_n (500x375)

5月寄合(例会)を開催しました

高知より細迫節夫さんをお招きして、お話をうかがいました。
細迫さんは細迫兼光さんのお孫さんで、もちろん厚狭出身で、現在高知でお仕事をされています。

厚狭毛利家重臣の子孫で、家は古い日本家屋武家屋敷です。
これからの保存と有効利用についてのご相談でした。
文化財としても、また歴史的にも価値のある家なので何とかうまく残していきたいということで、会に相談を受けました。
今後引き続き相談に乗り、良い方法を探っていくことになりました。

アイデア、やる気のある人を募ります。
一度中もお見せしたいのでその機会を作ります。

デゴイチのように、歴史のあるものを大切にしていく術を考えたいものです。(村上)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Facebook引用ここまで

丁度、このブログで、「鴨ノ庄」のことを書き進めるにあたり、安芸、熊谷氏の家臣、
筆頭家老の家老職の桐原家、細迫家を調べていて、私の脳内が熊谷氏一色に染まっていた矢先に、
熊谷家とは切っても切れないご縁の細迫家の親族の細迫兼光さんのお孫さんがお見えになり、
この偶然に、まず驚きました。

グッドタイミングです!!。



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鴨庄にて

2015/05/17 Sun 06:00

今日のふるさとの窓はこちらです。
ただの道ですが、ここは普通は通らない道。

P1170069 (600x397)

川土手に行った日、同じ道を引き返しては、せっかく厚狭にはるばると出かけてきたからには
別の道を通って戻ろうと、最短のこのルートで新橋方向へ戻ろうと思ったのです。

さて・・
この先、どこへ?。

この道は厚狭に住んでた時、何度か通ったことがあったので、久しぶりでした。



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細迫邸本家

2015/05/13 Wed 06:00

今日のふるさとの窓はこちらです。

ここは先日、川土手の桜越しに見た、あの大きな邸宅の細迫邸。

P1170065 (600x398)

P1170068 (600x398)



一番奥に蔵が見えてますね。蔵も素敵なんですよ。
アップで撮ってなかったのが残念です。

P1170067 (600x398)


又 今度来たら撮りますね。




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古い建築物 | コメント(6) | トラックバック(0)

ここは鴨庄

2015/05/09 Sat 06:00

今日のふるさとの窓はこちらです。

ここはどこでしょう?。
鴨庄にやってきました。久しぶりです。

P1170063 (600x389)

最初は寝太郎水路だとは知りませんでした。ただ、この鉄のオブジェが気に入ったのです。

後で、分ったのです。
ここから厚狭盆地のあちこちに 分かれて水が流れていくということが・・。
それが「寝太郎水路」と言われていることを・・・。




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鴨橋工事状況

2015/05/05 Tue 06:00

今日のふるさとの窓はこちらです。

予定を変更して鴨橋工事の現在の状況を、お知らせします。(4月末撮影)

向こうに見える橋は 大福寺(左)と枝村屋枕流亭(右)に挟まれた厚狭大橋。
その手前に架かる橋が鴨橋です。

P1170569 (600x398)


反対方向の向こうはJR山陽本線。

P1170571 (600x398)


以前の工事は、昔の石組を覆う形で新たに石組が築かれたそうですが、
今回はそれらを全部撤去しての工事だったそうです。(全部聞いた話ですので・・)

P1170572 (600x398)


鴨橋下付近、「こんなに立派な石垣、本当に崩して良いのか?」と言われたほど、
貴重な石組もあったようですが・・残念ながら撤去され工事は進められました。

P1170570 (600x398)

完成は定かではありませんが、遅れ気味?と、漏れ聞こえてきています。




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