スポンサーサイト

--/--/-- -- --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告

ブログ引っ越しのお知らせ

2015/05/27 Wed 06:00

お知らせ

新しいブログは「こんな町に越してきた3」となります。 
  
ブックマークの変更をお願い致します。
 http://blog.livedoor.jp/iimati2/

 P1170996





また、「杜のまち」の最初の頃(2013年12月~)の活動の記録も捨てられませんので、
「杜の町 厚狭」は「こんな町に越してきた3」とドッキング
「こんな町に越してきた3」の中のカテゴリー「町おこし 杜のまち」に全部入れました。


すでに出来上がっていますので、いつでもご覧いただけます。


                                   2015年5月27日  ひがんばな





スポンサーサイト
できごと | コメント(4) | トラックバック(0)

厚狭寝太郎祭り

2015/04/29 Wed 16:49

2015年の厚狭の寝太郎祭りです。

行列がやってきました。

P1170559 (600x398)

P1170560 (600x398)



今年のステージは、商店街の通りの ど真ん中に設けられました。

P1170545 (600x383)


P1170544 (600x398)


P1170546 (600x398)



祭りのざわめきとは対照的な、ポケットパーク1号地のお茶会風景

P1170568 (600x398)


公園の緑の木々が青空に映え、なかなか良い感じでした。
去年は うまく着くのか心配だった木も、今年は葉っぱを茂らせていました。

P1170556 (600x398)



「杜のまち」の企画、山野草展、殿町の花谷さんのお宅で丹精込めて育てられた山野草です。

「売ってないの?」と聞かれましたが、今回は展示だけです。 

P1170554 (600x382)
鉢に注目・・・我が家のとはエライ違いだと思いました。



殿町児童公園では、子供の日を前に、D51300に日章旗が飾られ、準備万端整えられていました。
※追記:この飾りは仮だったようです。(最終的にどうなったか、また追跡してみます。(2015.4.30..)

村野さん、ありがとうございます。

P1170579 (600x398)

P1170576 (600x398)


おまけ
前の日からの準備と、当日朝からお茶席の設営に頑張った「杜のまち」の皆さんです。

P_20150429_093248 (600x450)

ひがんばなは、朝、用事があり、遅れることウン時間、自転車で小野田側から馳せ参じ、
写真だけ撮って、早々と退散しました。(すみません)




にほんブログ村 地域生活(街) 中国地方ブログ 山陽小野田情報へ
にほんブログ村>←応援お願いします


できごと | コメント(4) | トラックバック(0)

至急、お知らせ

2015/03/10 Tue 11:50

TYSのテレビ放映

本日(3/10)   夕方6:15~ 
       「スーパー編集局のローカル線小さな旅」     


              まちなかギャラリー、もりなが松陰堂さんなどが出ます。






できごと | コメント(0) | トラックバック(0)
3/7(土)、厚狭の町は大賑わいでした。

P1160741 (600x398)

ただ・・鴨橋で折りかえす人の多いこと

P1160742 (600x398)




D51300の公園は、厚狭小5年生が作ったヘッドマークが ずらりと並べてありました。

P1160660 (600x427)

P1160659 (600x432)

P1160661 (600x402)



「きもの館」から出発の着物道中が、商店街にさしかかりました。

P1160671 (600x457)


FMきららのパーソナリティのお三方

P1160675 (600x398)



恒例!永山酒造の蔵開き
「酒粕詰」に並ぶ人人人・・この行列が今や名物となりました。

P1160698 (600x398)


時間内に これでもか!と、酒粕を詰めます。

P1160687 (600x398)




「サロンカー長州号」が美祢線に入るということで、厚狭駅でのお迎え風景

P1160713 (600x398)


P1160724 (600x398)


P1160704 (600x380)


P1160706 (600x398)


P1160719 (600x398)

美祢線はディーゼル機関車が牽引します。







「お雛様めぐり」は、明日(3/8)お昼までです。


今日は、文章が少なくて、心ならずも、下手な写真の <写真ブログ>になってしまいました。



にほんブログ村 地域生活(街) 中国地方ブログへ←応援お願いします





できごと | コメント(6) | トラックバック(0)
昔の裸坊のことが厚狭出身の水沢耶奈著 「ゆかりの人々」に書いてあります。
今日は、その本の中に書いてある厚狭の町の様子の中から「裸坊」のことをご紹介します。

P1150906 (397x400)

文中より一部分を抜粋。
 「夜になると裸坊が出る。
十時の御神幸を守る男たちであるが、真っ白の上下のさらしをぐるぐる腹に巻いて、鉢巻をしている。
この連中が夕方から三人、五人、ワッショイワッショイと町に現れる。
近在近郷の若者たちに、よその町からわざわざ汽車に乗ってやってくる若者たちも交じって、暗くなるにつれて町はかけまわる白い男たちでいっぱいになるのだ。」(中略)


P1150739 (600x398)

「鴨神社から下りてくる、この御神幸が祭りのヤマであり、人々はみな立ち出でて、柏手を打ってこの”おあじろ”を拝むのであったがこれがなかなか無事では済まないのであった。」

とあります。そういえばこのたびもこのお網代に手を合わせる方がいらっしゃいました。


[広告] VPS



「この”おあじろ”昔は毎年打ちこわしをねらう目当ての店があり、それは大抵町の有力者や分限者と言われる家であった。
その家では出入りの者たちを裸坊にして 防衛にあたらせる。(中略)肉弾相打つ攻防が繰り広げられた。」



あちこち狙われた店は大変!ということで、裸坊取りやめの話が浮上


「厚狭の名物の裸坊が取りやめとなると、そこは若者が黙ってない。
そんな折、「若いもんがあれだけやりたがっているのにそれを聞いてやらんと、不満が残っておさまりがつかんようになる」
「裸坊が名物で厚狭の天神が有名なのに、それをやめさせて祭りを寂れさせては、町の商工業発展のためにならんことになる」。
「絶対に悪さをさせん、”おあじろ”を突っ込むことはさせんから裸坊を出してくれ」



そういうわけで、それからの裸坊は今のおとなしい形になったということですが、
やはり少しは気がもめないと面白くないものだ」とみんなが言ったそうです。

”だんじり”のように荒れ狂う裸坊を、一度で良いから見てみたいような気がします。(おっと、これは禁句でした)



                以上で2014年の裸坊の記事は終わりです。



「ゆかりの人々」は厚狭図書館に置いてあります。

著者経歴
 水沢耶奈(旧姓佐々木)
 1905年(明治38年)山口県厚狭郡厚狭にに生まれる
 1922年(大正11年)県立厚狭高等学校卒業
 1926年   日本女子大学校国文科卒業
 1928年(昭和3年) 水沢澄夫(美術評論家)と結婚
 1947年   婦人民主クラブ機関紙「婦人民主新聞社」記者
 1949年   同紙編集長
 1962年~68年 婦人民主クラブ書記長



にほんブログ村 地域生活(街) 中国地方ブログへ←応援お願いします


できごと | コメント(6) | トラックバック(0)

裸坊を広めたい!

2014/11/16 Sun 07:00

厚狭の町へ戻ったと思ったら又、秋祭りに戻ります。
早いもので、秋祭りからもう1週間経ってしまいました。

この写真を見ながら、いろいろと思うことが・・・

P1150824 (600x398)

P1150823 (600x398)

裸坊のスタッフの方から初めて頂いたコメントをご紹介します。

「こんな寂しい行事もこうやって取り上げていただくと嬉しいです。やってきた甲斐があるというものです。
参加者や見物人の少なさは、意味合いとかシステムの発信力の無さもあるでしょうね。
病気や怪我などで天神様に直接お参りできない人の為に、網代の中に神様に乗っていただき「宅配神様」的に練り歩くという意味。
提灯を持たれた世話人の方に御初穂料を渡せばグルグル回ったり上下し、そしてそれを神様に喜んでいただき「楽しんだから守ってやろう」となるというシステムなどをチラシにでも書いておくなど工夫が必要でしょうね。

最低でも子供たちの世代に渡すまでは頑張ります。今後とも見守ってください。ありがとうございました」



もちろん私もこのコメントをいただき すごく嬉しかったです。
毎年 裸坊の追っかけをして、最初は「なんだ、このおばはんは?」だったでしょうが、ようやく認められたという感じです。

 「子供たちの世代に渡すまでは頑張ります」


なんとかこの裸坊を昔のようにたくさんの人に見ていただきたいものです。

たとえば、この写真の網代車の前に練習で乗っているお子様が、晴れて<触れ太鼓係>からこの網代車に乗る時は
前もって知らせたい!。

又、現在のスタッフの方が、その年で卒業という時も、それを知らせてあげたい!
事前に情報さえいただければ、ここででも紹介できます。

秋祭りのメインステージでも、この裸坊も黄幡様も紹介してあげて欲しいです。
今はバラバラでお祭りをやっている感じです。
宗教色が云々、日本の祭りの古いものは全部、神社仏閣「がらみ、民衆の生活から生まれた祭りです。

裸坊を広めたい!=見物人を増やしたい・・昔は賑やかだったのに。

力を合わせればきっと昔のように見物人も増えるはずです。

そうして後の世代へ渡してあげたい!それが私の願いです。



              次回は再度この<裸坊>のことを書く予定です。






にほんブログ村 地域生活(街) 中国地方ブログへ←応援お願いします


できごと | コメント(4) | トラックバック(0)

厚狭秋祭り~黄幡様

2014/11/12 Wed 07:00

裸坊と入れ違いに黄幡様(おうばんさま)の神輿がやってきました。

P1150833 (600x398)


この黄幡様は加藤の神様と言われ、加藤の人たちによって保存し、守られてきました。
担ぐ人が少ないのではと思っていましたが 白装束のたくさんの人が神輿を取り囲んでいました。

P1150832 (600x398)

勇壮な裸坊よりちょっと地味ですが、昔から護り伝えられてきた由緒ある神輿です。
このあと、街中を練り歩くため「わっしょい!わっしょい!」の掛け声とともに暗闇の中に消えて行きました。

そういえば、昔は秋祭りに子供芝居を乗せた山車も出たそうな。


参考までに
※黄幡様のご祭礼は、厚狭地域では『加藤』の他には『沓』『石束』で行われています。
『沓』は9月11日に近い土曜日。こちらに写真があります
『石束』では12月5日だそうです。 

加藤にあった鴨神社が火災で焼失、再建は厚狭市を整えるということで、黄幡様を祀ってあった場所(真樹山=現在の場所)に再建されたというわけです。


※黄幡様の道・・・鴨神社にある鳥居、おそらく昔は加藤に向いた坂道がここに祀ってあった黄幡社の正門。

※黄幡様について・・・こちら
※「鴨神社に黄幡様の道がある伝説」・・・こちら


にほんブログ村 地域生活(街) 中国地方ブログへ←応援お願いします




できごと | コメント(6) | トラックバック(0)
厚狭の秋祭り、前回載せた「裸坊」のほかにこの「古式行事」(大行司、小行司)というのがあります。
こちらは昼間にお披露目なのでまだ見てもらえるのです。

今年は、雨模様だったので昼間は行けませんでした。ということで、大行司、小行司の写真がないもので・・・
2011年の動画でご勘弁を!。すみません、画像が時々乱れます。




ところで、この大名行列の主役は誰だと思われますか?。

子供の行列、そして大人の行列の最後尾に馬に乗った人、それが「大行司」、子供の方の「小行司」。

昔は町の人達は「今年の大行司は・・・の旦那さん。小行司はどこどこの坊ちゃん」と本番の日を
楽しみに待ったのだそうです。
馬に乗ってゆるゆると進む神官装束の大行司、小行司の露払いが大名行列なんだそうな。
しかしなぜ相撲でもないのに行司?そこがイマイチ分かりません。

10月9日の鴨神社の祭りのあと、11月9日頃、天神様の祭り、
昔は11月には遅がけの稲刈りも終わり農閑期に入る頃、天神様の方が街中に近く、行事も派手なので、
この日は親類縁者を招いて御馳走を作って祝い町中が賑わったそうです。


以前、ひがんばなが住んでいた家には、10月中旬頃の夕方から、
「ヨォーヤサァーノサァ」「ハアコレワァーイサァーノサァー」と甲高い子供の声と大人の声の掛声が
聞こえてきて、最初は何事?と声の方に・・・加藤公会堂の庭でうごめく大勢の人影、ようやく、意味が分かったのです。



にほんブログ村 地域生活(街) 中国地方ブログへ←応援お願いします

できごと | コメント(2) | トラックバック(0)

2014年 厚狭秋祭り「裸坊」

2014/11/10 Mon 07:00

厚狭の秋祭りに行ってきました。
昔は天神様の祭りだったのですが今は厚狭秋祭りとして厚狭駅前のステージがメインです。
でも私はあくまでも伝統的な祭りを楽しみたいので、夕方天満宮にやってきました。

P1150696



天神祭の「裸坊」は夕刻16時40分天満宮を出発しました。

P1150703

動画を掲載してるのですが見れますか?

[広告] VPS


鴨橋が工事中で仮橋は通れないので今年は特別コースが組まれました。
鴨神社到着!。

P1150711

日暮れたら寒いだろうと厚着をして出かけたのですが・・走って走って・・・このあたりで汗だくでした。

網代車と一緒に横断歩道を渡れず、次の青信号まで待つ間に、網代車は石段を上りはじめていました。
 「石段を上がるのを撮りたいのに・・・」と交通整理の警官の前でわめいてしまいました。


お網代は石段を登って行きました。
足が着いていけないので、ズームで追いかけます。

P1150714

神事のあと、又石段をゆっくりと降りてきます。

P1150724


日が暮れて薄暗い商店街を進みます。

[広告] VPS

P1150771


本当はもっと暗いのです。

P1150759 


P1150763

暗闇では掲げられた提灯の灯りだけが頼り。キラキラ灯りに浮かぶ網代車の金箔。
あらためて提灯の役割の大きさを知りました。

P1150789 


にほんブログ村 地域生活(街) 中国地方ブログへ←応援お願いします


できごと | コメント(8) | トラックバック(0)
「厚狭杜のまち」のブログの方ではすでに紹介済ですが、こちらでもご紹介しておきます。

11/9は厚狭の秋祭りですが、この祭り、かつては厚狭天満宮の祭りでした。

今は駅前を中心に賑やかなステージが繰り広げられ、午後になると「古式行事」という大名行列も加わり
これが厚狭の祭りのメーンとなっています。

博多では「天神祭」が今年も賑やかに繰り広げられましたが、厚狭は天満宮の祭りということを外してしまったのです。
歴史を辿る時、必ず何かの宗教に絡んでいて、それを紐解くことから発見される事が多いです。

祭りが終わったあと、ひっそりと町の人たちにより続けられてきた厚狭天満宮の「裸坊」。
見物人もまばらな中、勇壮に天満宮を出発し鴨神社に向かいます。

防府天神の「裸祭り」と同じですが・・・唯一違うのが見物人と白装束の祭りの主役の数。

厚狭に越してきて、秋祭りのこの「裸坊」に魅せられ追っかけをしています。
「どんなの?」とおっしゃる方のために、動画を撮ったのが5年前。
見物人が少なかったからこそ撮れた動画です。



今年は、是非このお祭りの見物人になってみませんか。
天満宮を出発して鴨神社まで一気に走り出ので追うのは大変です。

昔は、軒先や看板を壊したり店先に突っ込んだり大変だったそうですが、今はお行儀よく見ていて
怪我をすることもない(はずです)。

時間は夕方、はっきりした時間は不明ですが、日が暮れはじめる頃、出発です。

今年は裸祭りにおいでませ!。



もう一つ、この日の夕方、厚狭小学校のある地域、加藤北自治会の御旅所から神輿が出ます。
早朝、鴨神社からお迎えに行った神輿は御旅所に安置され、出発を待ちます。
それは「黄幡様(おうばんさま)」と言われていて
こちらは<加藤の祭り>です。

11/9 一般の祭りの後 裸坊と黄幡様が厚狭の町を駆け抜ける夕暮れ時の厚狭の町。
ただ、今年は鴨橋の工事中、今年はどんな風になるのか?あの仮橋を渡れるのか?
去年見てないので、まったくどうなるのか知らない状況です。

D51300も12月14日のお披露目を前にスタンバイしている、厚狭の町です。



にほんブログ村 地域生活(街) 中国地方ブログへ←応援お願いします


できごと | コメント(2) | トラックバック(0)
 | HOME | Next »

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。