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昔の転車台

2014/10/31 Fri 07:00

お馴染みの転車台です。今はもうありません。

kiriさんの解説によれば
「転車台の方向。
線路のポイント切り替えの分岐機もあって、転車台はかなり活躍してました。」

1965- (7) (1) (600x408)


昨日、元山陽町民。さんがコメント欄にお書きくださったものですが・・

「1枚目の写真も右側の建物がある辺りは昭和半ばにはDL検修庫が出来て環境が変わるのでこのカットも貴重ですね。(また線路の配線が若干違ってきます。)奥の長い建物は客貨車の検修庫が写っています。正確に言うとあちら側は小郡客貨車区厚狭支区となり同じ敷地であっても違う空間です。

あと、先日の建物は乗務員用の宿泊、休憩施設ですね。鉄道は24時間休みがありませから、乗務員はここで勤務時間により宿泊したり仮眠を取ったりしていました。
今、JRになり機関車が少なくなりました。(東海は機関車をもっていません)車輛基地も統合され数が少なくなりました。特に意味もなくブラリと機関車を見に行くという行為も遠い昔の出来事となりました。」


ということで<客貨車の検修庫>なるものを私の記憶で探しました。
こちらの写真ではないかな?と思っていますが・・どうでしょうか?。


元山陽町民。さんが「今はなき厚狭機関区のあゆみ」を作られるそうなので、kiriさんの写された貴重な写真も載るかもしれません。
ここで出会った私たちの力が結集して、こうしてまた、新しいものに生まれ変わって後の世に伝えられていきます。
ここでお役に立てたことがとても誇らしく思います。



昔、町役場があったというあの川沿いの道を通った時、この場所を初めて見つけた日の写真です。(上の写真の反対側から眺めています)。

転車台
向こうに見える建物が、このシリーズの写真が撮られた場所になります。

なんと申しますか・・・「うわ!すごいものがある!」と驚いた感動を忘れられません。
転車台の近くに寄れる別の道なんて・・その時は知りませんから ここから興味津々で覗きこんだ、完全に「怪しい人」でした。後にこちら側から転車台へのルートを見つけた日のブログです。

厚狭に長く住んでいる方には日常の光景だったでしょうが・・
このとき、「厚狭って何て面白い町なんだろう」と小躍りしたくなりました。

錆びた鉄を見ているうちに気づかずに眠っていた鉄への愛着が、ざわざわと騒いだような・・・気がします。



[昔の子供のカメラで写した小さな写真が原画ですのであまり美しくは有りません。]
と注釈付でkiriさんが提供してくださった写真は今日でおしまいです。

ふるさとの景色を厚狭の皆さんと共有したいとの思いで画像を提供してくださったkiriさん。
どうもありがとうございました。



11/2(日)は厚狭の図書館祭りです。私は一度も行ったことがないので何があるのか分かりませんが・・

それから秋祭りが11/9(日)  ミニSLが山銀厚狭支店駐車場で走ります。石炭を燃やして走るそうです。 
この日、8時からSLの定期保存活動会。

厚狭小学校の友愛フェスタ(学習発表会)が11/15(土)となっています。

珍しく毎日更新をしましたが以前は毎日更新だったこのブログ。
今は・・時々更新ですが、まだまだ続けていけそうです。



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JR列車 バス等乗り物関連 | コメント(6) | トラックバック(0)

昔の転車台周辺3

2014/10/30 Thu 07:00

kiriさんの解説によれば
「線路の間にある渡り廊下のような所が、旧2号線から亀田の自転車屋の前を通ってまっすぐに南へ下がった道です。
何回も言いますが、機関区が拡張される前までは、ここをバスが走っていたのです。」

1965- (5) (600x411)
こちらにも給砂塔が写っています。砂は滑り止めに使われると今回初めて知りました。

kiriさんがコメント欄に書かれたことも貴重な証言ですので、こちらに書いておきます。

「ここは蒸気機関車の休憩所です
黒い煙を吐き勢いよく走るSLも良いですが、私が知っている蒸気機関車は いつもこのようにのんびりと
休憩していました。

ここで石炭は勿論、水も、車輪のスリップを防止する砂も供給され、使用済みの石炭は排出され、
整備点検されて次の出番を待っているのです。

(中略)この地域にプロパンガスが普及するまでは、この機関車から排出された燃えかすの石炭は
近所の家庭の料理などの無煙の燃料として重宝されていました。
機関区の担当の方もそのことを配慮されてか、石炭の燃えかすは敢えて、 写真で機関車が止まっているあたりの
一般の人達が出入りできる付近に排出されていました。」



昔はこんなにも近くで現役の機関車に近づいて写真を撮ることができたのです。驚きです。

1965- (6) (369x550)


「[昔の子供のカメラで写した小さな写真が原画ですのであまり美しくは有りません」
昭和40年3月に撮られたものです。




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昔の写真 | コメント(5) | トラックバック(0)

昔の転車台周辺2

2014/10/29 Wed 07:00

写真に添えられたkiriさんからの解説には
「機関区の線路と山陽本線との間にあった国鉄職員の宿舎です。
単身専用又は仮眠のための宿舎なのか分かりませんが、家族連れは住んでいませんでした。
最初は手前の木造のものだけだったのですが、その後、下の写真の奥の鉄筋建て
最後に手前の大きな鉄筋建ての宿舎と増設されました」とあります。

1965- (3) (600x413)

この場所が分る手がかりは右のSLと建物の勾配。
昨日の場所のすぐ傍のようです。
追記
探したらありました。この場所、私も撮っていました


1965- (2) (600x411)



「昔の子供のカメラで写した小さな写真が原画ですのであまり美しくは有りません」ということです。
こちらも昭和40年に撮られたものです。





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古い建築物 | コメント(6) | トラックバック(0)

昔の転車台周辺1

2014/10/28 Tue 07:00

今日のふるさとの窓は今はもうない厚狭機関区。kiriさんからお借りした写真です。

スタンプラリーで先送りになっていたので一挙に掲載していきます。

いずれも「昔の子供のカメラで写した小さな写真が原画ですのであまり美しくは有りません。」とのこと。
昭和40年に撮られたものです。


1965- (4) (600x412)

この場所、好きでした~!

この場所からいろんな種類の機関車を見ることができたのですね。
今はもうないのが残念です。


2014年 厚狭の秋祭りは11/9(日)です。
検索で出てきたのが<11/9(予定)>となっていたので、きちんとここで書いておきます。
他に出てきたのが2012年の情報だったりして、厚狭の情報発信はハッキリ言って下手ですね。




どこにでもある風景だけど
     ここが故郷の人には ここは思い出の場所
    
        このブログは“ふるさとへの窓” 
 (山陽小野田市 厚狭) 


厚狭の景色を画像で残しておきたい
そんな気持ちで黙って撮った画像の数々 どうぞご容赦を!
ご協力があればこそ!お陰様でこのブログが続けられます。
もしご都合悪ければ、お知らせ頂ければ削除致します




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丹後屋 福永薬局5

2014/10/25 Sat 07:00

大きな寒暖計

学校でこういうの見たことがあります。

P1150459

寒暖計の右側が通りから見える調剤室、左が今回見せていただいた部屋です。



最後に西側から撮った建物の写真を載せておきます。
右に白壁が続くので相当奥行きのある大きな建物です。

P1150471 

この千町は鴨橋の西側、ここは昔の山陽道の街道筋ではありませんが、国鉄が開通し、厚狭駅ができて
駅前から鴨橋を渡り、昔の街道筋にあたる本町側と繋がり商店街として賑わった通りです。


このブログにも何度も登場した丹後屋さんですが・・・
今回のブログで外景と内部を合わせて掲載し、これで丹後屋さんはパーフェクト。

スタンプラリーのお蔭で大変面白く店内探検という貴重な体験をさせてもらえた丹後屋さんは
今日でおしまいです。


昨日(10/24)、宇部日報にこの「スタンプラリー」のことが載っていました
写真はこの場所です。


ご主人から貴重なお話も聞かせてもらいました。本当にありがとうございました。


このシリーズの第1回→ こちら 

           2回→ こちら 

           3回→ こちら 

           4回→ こちら 



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