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旧街道の昔の絵図、厚狭1

2011/01/21 Fri 07:25

今日は珍しいものを載せます。


昔(江戸時代)の厚狭の地図、絵図というものです。

11011600.jpg



鴨橋を中心にズームします

ezu1.jpg


鴨橋の説明に<板橋長サ二十八間>とあります。

ezu1-1.jpg


枝村屋枕流亭の座敷から見えたという皇后岩も描いてあります。

ちなみに板橋の写真は→こちら2009.1.19のブログに載せています。



こんな絵図が残っている厚狭ってすごい!。





小野田図書館で見つけた本を借りようとしたらこの絵図は貸し出しできない!と・・・

そこをなんとか! と、お願いし、借りてきました。

必死です!私!




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旧山陽道&枝道 | コメント(9) | トラックバック(0)
コメント
No title
貸し出し禁止の資料、よく借りてこられましたね
ひがんばなさんの熱意に、担当の方も根負け
されたのでしょうか!!

しかし、地元の厚狭ではなくて中央図書館に行かないと
見る事が出来ないのですか?

枕流亭の下に「皇后岩」と書かれた柱が建っていた事を
憶えてます。
残念なことに、今はその柱さえ影も形もありません。

すごい!
ホント、よくこんなものを借り出せましたね!
館長さんが民間出身の方ですから、柔軟に対応できるのでしょうかね。

上の絵図の厚狭川の上流に「西村×××より十里」とありますが、どこからでしょうね。
今の道で加藤交差点から長門市までが40kmくらいですから、厚保や大嶺を回って湯元くらいでしょうかね。とすると、湯元あたりと行き来があったのでしょうかね。それを美祢線で再現して、美祢線の利用促進に役立たないかしらと想像が膨らみます。

沈流亭ってどこにある(あった)のですか?
山口の高山公園に移築されている沈流亭と関係はあるのでしょうか?

古文書や古絵図って、想像力が掻き立てられて楽しいですね。文字は読めませんが (^^;


>まさちゃんさん
願書に理由とか書いて提出しました。
できるだけ早く返すこと!と言われ大急ぎでスキャナーで取りこんで返しに行きました。
こういうの、厚狭で随分探したんですよ。
諦めてたのですが、たまたま中央へ行く便があり、探して見つけました。
本の名前は忘れましたが・・。

>PetitDarlingさん
枕流亭の場所は、鴨橋を東に向かって渡ってすぐ、理髪店の川側、現存してるのは離れの部分ですが川に向かって建っています。
2009年5月3日のブログに昔の写真があります。
街道での豊臣秀吉の御休処だった場所です。

厚狭の駅屋(馬を置いておく場所)から山陰側へ道があったということや、美祢あたりの銅山などの繋がりも実は調べてみたいのですが・・
私ではとうてい力及ばず諦めかけています。
興味はいっぱいあります。

本当にこういう地図は見ていても飽きません。
驚きました。
恥ずかしながら、厚狭で生まれてごく最近、このひがんばなさんのブログで教えられるまで、船木から西に抜ける道は旧2号線を想像していました。

本町から鴨橋を通り吉武医院横から南に下がり広瀬の位置から厚狭駅の南側を通って西に向かう。あの田んぼの中の細い道が本道だったのですね。

今までこのブログで何回となく紹介されていましたが、今日の絵図はなんか身動きできない証拠を突きつけられた感じでした。
(^_^;)

私の本籍地の「郡」も祖母に教えられていた位置とぴったり一致します。

この絵図、私のパソコンの永久保存データーとして取り込んでおきます。
m(_ _)m

しかし、この頃から厚狭川と下津で合流する川、松岳山、物見山の位置は変わらないですね。
これからもズーーっと。
(^_^)v
Re: 驚きました。
> 恥ずかしながら、厚狭で生まれてごく最近、このひがんばなさんのブログで教えられるまで、船木から西に抜ける道は旧2号線を想像していました。
>
> 本町から鴨橋を通り吉武医院横から南に下がり広瀬の位置から厚狭駅の南側を通って西に向かう。あの田んぼの中の細い道が本道だったのですね。
>
> 今までこのブログで何回となく紹介されていましたが、今日の絵図はなんか身動きできない証拠を突きつけられた感じでした。
> (^_^;)
>
> 私の本籍地の「郡」も祖母に教えられていた位置とぴったり一致します。
>
> この絵図、私のパソコンの永久保存データーとして取り込んでおきます。
> m(_ _)m
>
> しかし、この頃から厚狭川と下津で合流する川、松岳山、物見山の位置は変わらないですね。
> これからもズーーっと。
> (^_^)v
・・・・・・・・・・・
いえいえ、お分かりいただけて良かったです。
これを厚狭の方は誇りに思って町作りを考えてはどうでしょうね。

まだまだ厚狭のこと他にも調べたいのですが私の力量不足でどうしようもありません。
少し手がかりを残せば良いかと思って居ます。

誤った情報は残さないようにも したいです。

この配置は
風水で守護されたという京都に似てませんか?
玄武(船岡山)=松獄山、青龍(賀茂川)=鴨川、白虎(山陽道&山陰道)=山陽道、朱雀(巨椋池)=瀬戸内海?
鬼門(天台宗比叡山)=妙見山(ひがんばなさんの過去ブログのとおり)
とすると、裏鬼門も厚狭のどこかに配置されているのでしょうか。この配置は風水師でもあった鴨一族の仕業でしょうか。私も妄想してみました。
訂正
松獄山→松嶽山です。
こんな間違い、はずかしいですね~。ごめんなさい
>しゅららぼんさん
妄想逞しくさせてくれる厚狭です。

玄武、青龍、白虎、朱雀の配置を想定できるsっゆららぼんさんもこれまた相当お詳しいようですね。
あんな鬼門の想定を書いて、どこまで話が合うのかと心配しながら書いたのですが・・今は書いておいて良かったと思いました。

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